出来る限り残したい、胃の話
胃は、五臓六腑の一角をなす重要かつメジャーな臓器です。肝臓や腎臓がからだのどのあたりにあるか、ご存知ない方は意外と多いですが、「胃はどこ」という問いに対しては、だいたい皆さん迷わずみぞおちを指します(正解です)。自身で「胃が痛い」とおっしゃって、病院に来られる方も大勢いらっしゃいます(ただし、みぞおちの痛み=心窩部痛は、胃以外の原因から生じることも多いので、要注意です)。
「胃の腑に落ちる」「胃に穴があく」といった慣用句もある、日本人にとってとてもなじみのある内臓です(実際、穴があくことがあります)。しかし、胃が消化を担う臓器であることは知られていても、具体的にほかの消化器とどう違うのか、消化以外にどんな働きがあるか—どれくらい理解されているでしょうか。
胃がどう働くかを理解しないと、胃を切った後どうなるのか、も理解できません。胃は多彩な働きをもつ臓器であり、それゆえに、胃切除を行うことにより多彩な影響が出ます。
今回は、栄養や機能の観点から、胃の手術がからだに与える影響を見てみます。
【貯留・攪拌・排出】
消化管は食物を消化しながら、送り出していくという働きがありますが、特に胃では、①食物をいったん貯めて、②混ぜ合わせ、③十二指腸に出す、という流れになります。このリザーバーとしての胃が存在することで、続く腸管での消化と吸収が円滑に行われます。ちなみに、一般的に胃の容量は1.5 Lくらいにはなります。
胃を切除してしまった場合、これがどうなるか。
食べられる量が減りますので、当然体重が減ります。これはほぼ必発です。筋肉量が減って体力が落ちると、二次的に肺炎などを起こす危惧があります。
また、胃内容がすぐ腸にドスンと落ちることで起こる、ダンピング症候群というものがあります。具体的には、食後すぐにめまい、動悸や腹痛、嘔吐、下痢などが起こり得ます。また、食後2-3時間後、低血糖に起因する疲労感や冷汗、眠気が出ることもあります。これらの症状を軽減するため、食事はとにかくゆっくり、少量ずつ摂取するようお話しています。
【消化・吸収】
消化については、主にタンパク質の消化を行っています。吸収はほとんど行わないのですが、鉄分が腸で吸収されるのを助ける働きがあるため、胃を切ると鉄分が不足して貧血になります。
吸収はほとんど行わないと書きましたが、例外はアルコールです。通常、摂取したアルコールの2-3割は胃ですぐ吸収されます。コーラをジョッキ1杯のむのは大変ですが、ビールをジョッキ1杯ならゴクゴクのめてしまいます(少なくとも私はそうです)。
腸は胃よりアルコール吸収速度がはやいため、胃を切った方が飲酒すると、飲んだアルコールが腸に流れ込み、血中アルコール濃度が一気にあがります(酔いやすい)。また、胃が小さくなると、ビールの炭酸がきつくなることがあります。
【食欲のコントロール】
胃からは、消化のためのホルモン以外に、グレリンというホルモンが放出されます。これは食欲増進作用を有するホルモンです。胃手術後に食事量がとれなくなるのは、単純に胃の容量が小さくなることも原因ですが、グレリンの分泌量が低下することも大きいのです。
これらの影響は、胃を全部とってしまう、胃全摘を行うとテキメンに出ます。胃がすこしでも残ると、だいぶ違います。
大きい胃癌をとろうとすると、どうしても胃全摘を選択せざるをえないことが少なからずあります。しかし、われわれ消化器外科医は、可能な限り胃を温存できるよう、腐心しながら診療を行っております。